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横浜地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決

原告 坂本繁蔵 外三名

被告 神奈川県収用委員会

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は昭和三十年三月三十日付を以て横浜調達局長から申請をうけた原告の耕作する別紙目録記載の土地の使用裁決申請事件について、審理及び裁決をする権限を有しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、大要つぎのとおりのべた。

一、原告等は、いずれも、別紙記載の横浜市所有の土地を無償で借りうけて耕作している農民であり、被告は土地収用法に基く権限を行うため、同法第五章第一節の規定に基いて設置された委員会である。ところで、昭和三十年二月十一日訴外横浜調達局長は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下特別措置法と略称)第五条に基き、本件土地を駐留軍の用に供するために使用することについて、内閣総理大臣の認定をうけた上、同月十四日、原告等の土地細目の通知をし更に同年三月三十日、被告委員会に対し、特別措置法、土地収用法所定の手続を経て、本件土地使用の裁決を申請した。被告委員会は、右申請に基いて、同年五月七日審理を開始し、同年七月十二日公開審理を終結した。

二、しかしながら、特別措置法第十四条によれば、同法第三条の規定による土地等の使用又は収用に関しては、一般に土地収用法の規定を適用するものとされているが、収用委員会の組織権限に関する同法第五章第一節の規定は、とくにその適用を除外されている。したがつて、特別措置法に基く土地等の使用に関しては、土地収用法第五章第一節に基いて成立した収用委員会には、これを審理裁決する権限がないものといわねばならない。

三、したがつて、被告委員会も当然訴外横浜調達局長の前掲裁決申請について、審理裁決する権限を有しないものであるから、これが確認を求めるため、本訴請求に及んだものである。

なお被告の主張に対してつぎの通りのべた。

(一)  本訴の目的は、被告委員会がなすべき行政処分の内容たる権利関係ではなく行政処分そのものである前記申請事件の審理裁決をする権限がないことの確認を求めようとするものである。司法権が行政権を侵してはならないという三権分立の原則は行政庁に特定の行政処分をする権限があるばあいに始めて問題となる事項であつてかような権限の有無に関する争についての本訴は、たとい行政処分のなされる前に起されたものであつても、三権分立の原則に反するものではない。

(二)  本件において、被告が未だ裁決をしていないことは争わないが原告等は現に特別措置法によつて適用される土地収用法第三十四条所定の土地の形質を変更してはならない義務、同法第三十五条所定の土地立入受忍の義務同法第六十五条所定の収用委員会の命ずる処分に従う義務を負つている。それ故、原告等はその使用に係る本件土地について権限のない機関による裁決が行われないことに法律上の利益をもつている。

(三)  都市計画法第十八条、鉱業法第百七条、採石法第三十七条、測量法第十九条、不良住宅地区改良法第十五条の規定はいずれもこれらの法律に別段の定めあるばあいを除くの外、土地収用法を適用する旨を定めているが前記特別措置法第十四条の規定のように土地収用法第五章第一節の適用を除外してはいない。被告の主張のとおりであればこれらの法律にもとずく裁決申請事件については、土地収用法によつて設置された被告委員会において審理裁決をする権限がないことになるが、そのような解釈はなされていない。従つてこれらの規定の対比からみても特別措置法第十四条の除外部分に対する被告の解釈は誤つている。

被告代理人は先ず「原告等の訴はいずれもこれを却下する」との判決をもとめ、その理由として、つぎのとおりのべた。

一、日本国憲法は、立法司法及び行政の三権がそれぞれ独立の機関に属し相互に相侵すことのできないことを定めている。したがつて司法権の行使機関たる裁判所としては、まず行政庁の作為、不作為の処分のあつたのちに、これを審査してそれが違法であれば取消すことができるにとどまり、事前において行政庁に作為、不作為を命じ、或は行政庁が特定の作為、不作為の義務を負うことを裁判で確認するが如きは、前示の三権分立の原則にもとるから到底許されない。蓋しこのような裁判が許されるとすれば、行政機関は行政権を行使する前に裁判に拘束され、行政は、事実上その結果について責任を負わない裁判所によつて行われると同一の結果を来たし、内閣が行政権の行使について国会に対し責を負うという憲法の原則も無視され、三権分立の建前を根本的に破壊する結果になるからである。本件の訴も被告委員会に本件土地使用についての裁決の権限のないことの確認を求め、よつて事前に被告委員会の裁決権の行使を差し止めようとするものであるから、かような訴もまた、上にのべたような理由で不適法として許されない。

二、しかも、本訴請求の趣旨は、これをつきつめて考えると、結局行政庁として被告委員会が権限外のことをしてはならないという一般的抽象的な義務の確認を求めるにとどまり、特定人の具体的な権利義務について影響を及ぼす事項についての確認を求めるものではないから、提訴の法律上の利益を欠くものである。

したがつて、以上のいずれの理由によつても本件訴は不適法として却下を免れない。

つぎに、被告訴訟代理人は、本案について「原告等の請求はこれを棄却する」との判決をもとめて、原告等主張の一、の事実はこれを認める、と答弁し、同二三の主張に対し、つぎのとおりのべた。

特別措置法第十四条第一項においては、同法第三条の規定による土地等の使用又は収用に関し、同法に特別の定めのあるばあいを除いて、土地収用法の規定を適用するとしているが、その趣旨とするところは、土地収用法の規定に基いて既に設置されている収用委員会に特別措置法による使用収用の手続における裁決その他の権限を新たに付与することを規定したものであり、また同条において、土地収用法第五章第一節の各規定の適用を除外したのは、特別措置法による使用収用の裁決についても、既存の収用委員会がこれを行い、とくに別箇独立の収用委員会を、あらためて設置する要のないことを明確にしたものと解すべきである。したがつて、被告委員会が本件使用裁決申請について、審理裁決の権限を有することは当然であつて、原告の主張は理由がないから、その本訴請求は失当である。

理由

先ず、被告の本案前の抗弁につき判断する。

一、行政上の争訟に関する裁判が一般に行政庁の処分が行われた後、その処分の適法違法を審査するという形で行われることを適当とするものであることは、行政事件訴訟特例法が行政庁の違法な処分の取消変更を求める訴について最も多くの規定を設けていることや、従来の行政訴訟の実際においてそのような事件が圧倒的に多いことなどからみて容易に首肯することができる。そして日本国憲法がいわゆる三権分立の原則を採用していることに疑はないが、同時に行政上の争訟についても司法審査に服することを定めている以上はそれによつて行政作用が規整される面のあることは当然であつて、かような規整が行政作用の行われる前になされると否とによつて、三権分立の原則の適用に本質的な差異を生ずるものとする根拠はない。

被告は司法権による行政作用の事前審査が許されるものとすると行政機関は裁判の結果に拘束されるから、行政は裁判所によつて行われると同一に帰すると争うが、司法審査は行政権独自の領域である自由裁量の分野に立入るものではなく、その違法な作用を矯正しようとするものにすぎないから、たとい行政作用の発動する前になされる場合であつても、その違法な発動を抑止する効果があるだけで、正当な行政権の行使を侵すものではないことはいうまでもない。被告のいうような心配は行政権がその責任において特定の行政処分をするかしないかの自由裁量権を有する案件につき、裁判によつてそれを阻止しようとするような場合に生ずるものであつて、本訴の目的となつているところはかような訴訟とは異るのである。

してみると、本訴が三権分立の原則に反するが故に不適法だとする被告の主張は採用できない。

二、又被告は本訴は結局行政庁としての被告に権限外のことをしてはならないという一般的抽象的な義務の確認を求めるにとどまるから、提訴の利益はないと主張する。しかし原告等はその使用する本件土地に関する使用裁決申請事件について被告に審理裁決する権限がないことの確認を求めているのであるから、これを以て一般的抽象的な義務の確認を求めるものということはできない。従つてこの点に関する被告の右主張は失当である。

けれども本訴によつて原告等のうけるべき法律上の利益があるか否かの問題はこれによつて解決されたものではない。この点に関し原告等は土地収用法第三十四条、第三十五条、第六十五条等をあげて訴の利益があるものと主張するが、右第三十四条、第三十五条によつて課せられている義務は被告が前記申請事件に審理裁決する権限を有するか否かにかかわらないのであつて、原告等が斯様な義務を負担しているからといつて、原告等の本訴に法律上の利益があるものということはできない。また同法第六十五条の規定は収用委員会が処分を命じたばあいに始めて原告等に生じることがある義務にすぎず、本件にあらわれたすべての資料によるも、原告等が現にこの処分を命ぜられこれに服する義務を負担しているというような事実は認められないから、この規定を根拠として、原告等の本訴に法律上の利益があるものとするわけにはいかない。思うに収用委員会が裁決申請事件について行う審理は右申請を認容するか否かの意思決定をなすために法が定めた審理手続であつて原告等のように裁決の目的となる土地について権利を有する者が無関心でおれる筋合のものでないことはいうまでもないが、右委員会の審理そのものによつては、原告等の地位に何等法律上不利益な影響をうけることはない。なお裁決の目的となる土地の所有者その他の利害関係人に対し、同法第四十五条により、収用委員会に意見書を提出することができる権利を、同法第四十六条により審理の期日及び場所の通知をうける権利を、同法第六十三条により審理に意見をのべ、その他所定の申立をすることができる権利を各々与えられていることは規定の上から明瞭であるが、これらの権利を行使する義務を負わされているわけではないし、これらの権利を行使しなかつたところで、何等法律上不利益をうけることはない。これらの権利を認められたのは収用委員会の審理の結果申請を認容する裁決にいたることがあるのに備え、利害関係人の有する権利に法律上事実上の不利益が生ずることを防ぐために、その審理に参加することを可能にしたものにすぎない。そしてこれらの権利は収用委員会が申請を認容する裁決を行う権限をもたない事件について開いた審理手続においても、関係人に与えられなければならないものであることはその性質上当然であり、従つてそれは事実上審理がなされるすべての場合に、即ち収用委員会の権限の有無に関係なく、認めらるべき権利であるとしなければならないから、原告等にかような権利があることを理由に、本訴の利益があると断ずることもできない。その他特別措置法及び同法によつて適用される土地収用法の規定を調べてみても被告委員会のなす審理について権限がないことの確認を求める訴の利益はこれを肯認することができないが、更に裁決の点について考えても同じである。原告等の本訴は被告委員会の裁決がなされる前の段階において、委員会に裁決の権限がないことの確認を求めるものであるから、それは裁決の結果如何を問わない趣旨のものとする外はない。もとより裁決の結果、原告等使用の土地について、調達局長の申請の全部もしくは一部が認容された場合、原告等の法律上の地位に影響を及ぼすからこれに対し、被告に裁決の権限がないことを理由として、訴願や訴訟等法定の手続をとりうることはいうまでもないが、現在の段階ではこのような裁決があるとは限らず、申請を却下する旨の裁決がなされる場合もありうるのであつて、かような裁決のあつた場合、原告等の従前の地位に変更は生じないから、その何れとも決しない段階において裁決をする権限のないことの確認を求める法律上の利益はこれを認めることができないのである。

要するに本訴請求はこの点において排斥すべきものである。

のみならず本案について考えても、原告等の本訴請求は到底採用の価値がない。

即ち土地収用法の規定をみるに、土地等の使用収用について裁決をなす権限を定めた同法第四章第二節を始めとして、その随所に収用委員会の権限の定めがあり、而もこれらの規定は特別措置法第十四条第一項によつて同法第三条の規定による土地等の使用収用のばあいにも原則として適用されるから、収用委員会としては、特別措置法による収用使用のばあいにも、当然前示のような土地収用法所定の権限をもつものである。したがつて、もし特別措置法第十四条第一項において、土地収用法第五章第一節の適用を除外しなければ、同法第五十一条(右第一節の冒頭の規定)において「この法律に基く権利を行うため、都道府県知事の所轄の下に収用委員会を設置する」と規定されている以上、特別措置法第三条の規定に基く権限を行うため、更に別箇の収用委員会を設置する結果にならざるをえない。特別措置法第十四条第一項が土地収用法の適用にあたり、とくに収用委員会を設置すべきことを主たる内容とする前示第五章第一節の適用を除外したのは、このような制度上の重複矛盾をさけようとしたことによるものである。ただ原告はこれと反対に、特別措置法第十四条第一項において、土地収用法第五章第一節の適用を除外しているからこそ、特別の収用委員会を設定すべきことを定めた趣旨であると解さなければならないというけれども、かような主張は上にのべたような解釈に照してたやすく賛成しがたい。

また原告等は都市計画法、鉱業法、採石法、測量法、不良住宅地区改良法等に存する規定をあけてこれらがいずれもそれらの法律に別段の定めあるばあいを除き土地収用法を適用する旨を定めているのみで特別措置法第十四条の規定するように明文で土地収用法第五章第一節の規定の適用を除外していないことをその主張の根拠とする。しかし特別措置法の規定と右都市計画法等の規定は、その規定の仕方の異ることが一見明瞭であるから、後者において前者のような明確な除外規定がないからといつて直ちに反対解釈の根拠とするのは速断にすぎる。即ち、都市計画法等では前記のとおり、それらの法律に別段の規定がない限り土地収用法を適用するという極めて概括的な規定を設けているが、その趣旨とするところは、単に同法等に明確な別段の規定がある数ケ条の条文に関するものだけについて土地収用法の規定の適用が除外されるのではなく、同法等と土地収用法との規定の解釈上、同法等による使用収用に適用の余地がない規定も当然に除外されているものと見るのが正当でこれ亦広い意味で法律に別段の定めがあるばあいにあたるということができるのである。これに対し特別措置法では土地収用法の規定の適用を除外するのに、そのような概括的な規定をおかずその第十四条第一項において適用を除外すべき土地収用法の規定を一々箇別に列挙する方法をとり、同法適用の限界を明確にしているのであつて、右第十四条所定の除外規定を逐一検討すれば、その中には特別措置法に具体的に別段の規定があるため除外されたと認められるものの外、前同様特別措置法と土地収用法との規定の解釈上当然適用の余地なく、不必要と思われる規定もこれに含まれていることが判る。土地収用法第三条、第七条、第八条第一項、第九条、第百二十三条、第百二十五条第一項、第百二十九条第一項、第百三十条第一項、第百三十九条、第百四十三条第五号等の規定がこの後者に属するものであることは明かであり、本件で争となつている同法第五章第一節の規定の適用除外も、さきに判示した解釈によつてその趣旨を同じくするものということができる。それ故、前記都市計画法等の規定が土地収用法の規定の適用を除外するにあたり、概括的な規定の仕方をとつたため特別措置法の規定と対比すると、いかにもその間に大差があつて殊に土地収用法第五章第一節の規定の適用についてはこれを除外していないかのようにみえるけれども、それは規定の仕方の相違による外観上の差異にすぎず、解釈の結果はいずれもその適用を除外し、土地収用法によつて設置された収用委員会にそれぞれ所定の物件や権利の収用使用等を併せて行わしめんとする趣旨に外ならない点において、同一に帰するものというべきである。これを要するに、すでにのべたように原告等の本訴請求は確認の利益がないから之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山村仁 森文治 小木曾茂)

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